[3-5]第5の原則<期待すること>

子どもたちに何が起こったか

アメリカの心理学者ローゼンソールのグループによって、ある小学校で、次のような実験
がおこなわれました。
彼らは、教師に対し、
「将来必ず、知能が向上する子どもを発見できる画期的な知能テストを開発した」
(実はウソで、そのようなテストはそもそも開発されていない)
という説明をして、そのテストを実施しました。
その後、彼らは、テスト結果について教師に対し、五人の生徒の名前をあげ、
「この五人の子どもたちは、今後、必ず成績が急上昇します」と報告しました。
(実は、この子どもたちは無作為に選出された。
また、子どもたちにはこの結果は知らされていない)

ところが、驚いたことに、一年後、成績が急上昇すると報告された子どもたちは全員成績
の上位を占めていました。

ランダムに選出された子どもたちが、他の子どもたちより、なぜ伸びたのでしょうか。
その原因は一体、何なのでしょうか。

それは、
伸びるとされた子どもたちに対する、教師たちの態度に変化があったということです。
「この五人の子どもたちは必ず伸びる!と期待して」接していたということです。

一方、子どもたちは、このような教師の態度を敏感に感じとっており、
「先生に期待されている」と思っていたようです。

この「人は、期待すれば、それに応える」という現象を、
ローゼンソールたちのグループは、「ピグマリオン効果」と名付けています

コーヒーブレイク
ピグマリオンとは、ギリシャ神話に出てくるキプロス島に住む彫
刻家の名前です。
ある日、彼は、理想とする女性の像を作ったのですが、
そのあまりの美しさに見とれてしまいました。
そのうち、自分で作った像に恋をしてしまい、
「ああ、このような女性と結婚したいものだ」
という願いは、日に日に募っていったそうです。
それを不憫に思った女神ビーナスはその像に命を吹き込んであげ、
二人は幸せに暮らしたという物語です。

「思いは実現する」ということでしょうか。

このピグマリオン効果……「人は、期待すれば、それに応える」という、
心の、または、行動のメカニズムは充分な解明はされていませんが、
交流分析の理論を使って説明すると次のようになります。
すなわち、教師たちは、非常に高いNPの自我状態で子どもたちに接し、
かつ多くの肯定的なストロークを与えて、
それが、子どもたちのFCを刺激し、「I am OK」という感情を創出・強化し、
彼らの自発的態度、積極性を引き出した結果といえます。

大切なのは、このことは、決して、教師と子どもたちとの関係だけでなく、
親と子、上司と部下の関係でも起こるということです。
子どもの態度や成績を悲観して怒るよりも、
また、部下の能力の優劣や仕事のミスをことさら取り上げて叱るよりも、
「期待すること」、すなわち、みずからの接し方・コミュニケーションを変えることによって、
いくらでも相手の行動変容を促すことができるということなのです。

では、具体的に、どのようなコミュニケーションをとったらよいのでしょうか。

旧営業所で、すばらしい成績をあげ、新営業所に期待の星として異動してきた森田君に対
する、A課長とB課長のコミュニケーションの違いと、森田君の反応(心の動き)を例にして、
「期待すること」とは何かを考えてみましょう

 

「期待すること」とは何か

1温かい雰囲気で接すること

今日は新営業所での最初の日。
森田君は、いつもよりちょっと早く出社して、課長に挨拶に行きました。
A課長「前の営業所では、すごかったらしいじゃないか。ここでも期待してるからな。
頑張ってくれ」
森田君(あれ、これで終わり?せっかく早く来たのに……)

B課長「おー、待ってたよ。慣れないことが多くて大変だろうけど、
わからないことがあったら、遠慮なく聞いてくれよ。
そうだ、この営業所の担当地域の特徴を説明しておこう。時間ある?」
森田君(ああ、安心した。どんな人かと心配していたけれど。
わからないことでも聞きやすそうだし、これなら思い切ってやれるぞ)

A課長は、CPの自我で森田君のACを刺激しているのに対し、
B課長は、NPの自我で森田君のFCを刺激しているのがわかります。
そのため、B課長は森田君から、積極的にやろうという気持ちを引き出すことができるの
です。

 

2 多くのストロークを与えること

森田君が、新営業所に着任してから二週間。慣れないこともあってか、思うように契約が
とれません。
森田君は、内心、自分には力がないんじゃないかと不安に思うようになってきました。
A課長「なあに、森田君は放っておいても大丈夫だ。
なにせ、前の営業所で、あれだけの業績をあげたんだからな」
森田君(課長はどうして、話しかけてくれないんだろう。
ぼくのことが気に入らないのかなあ。
それとも、契約が取れなくて怒ってんのかなあ)

B課長「どうだ、いろいろ勝手が違ってとまどっているんだろう。
どんなことで困っているのか、ちょっと俺に話してみろよ」
森田君(助かったー。聞きたいこともいっぱいあるし、それに、契約が取れなくてもぼくの
ことを怒っていなかったんだ。良かった)

A課長は、森田君を信頼してか、ストロークを与えようとしていません。
しかし、そのため、森田君には、徐々に「I am not OK」という感情が芽生え始めています。
これに対して、
B課長は、森田君のFCを刺激すると同時に、肯定的なストロークを与えています。
そのため、森田君に安心感と「I am OK」という感情を引き出していることがわかります。

 

3 間違っても(失敗しても)、それに対する返答の機会を与えること

それからしばらくしたある日の朝のこと、森田君のお客様から、課長あてにクレームの電
話がありました。その内容は、今日八時に訪問する約束だったのに、一時間過ぎてもまだ
森田君が来ない。もう来なくていい、とのことでした。

A課長「森田君、どういうことなんだ?お客様はカンカンだぞ」
森田君「え?何がですか?」
A課長「何がじゃないよ!今日八時の約束だったそうじゃないか」
森田君「え?いや、課長、それは…」
A課長「言い訳はいい!営業マンは時間を守るのが常識じゃないか!
二度とこのようなことのないように気をつけてくれ!」
森田君「……すみませんでした」
森田君は、力なく自分の席にもどり、しばらく考え込んでいるようでした。

B課長「森田君、どういうことなんだ?お客様はカンカンだぞ」
森田君「え?何がですか?」
B課長「今日八時の約束だったそうじゃないか。どうして行かなかったんだ?」
森田君「え?いや、課長、それは、誤解です。あのお客様は今までに二度訪問しています
が、二度とも夜の八時だったものですから、ぼくは、てっきり今度もそうだと思っ
ていました」
B課長「なるほど、そうだったのか。しかし、いつも几帳面に確認する君らしくないな。
今度からは、必ず確認しなければだめだよ」
森田君「すみません。今度から充分気をつけます!」
森田君は、勢いよく自分の席にもどると、机の上の受話器を取りました。

A課長との会話では、森田君に返答の機会が与えられていません。
森田君には森田君なりに、誤解をしてしまった理由があったのですが、
A課長は、彼に対して、「無条件の否定的ストローク」(相手の存在そのものに向けられた否
定的ストローク)を与えています。
一方、B課長は、森田君に返答の機会を充分に与えるとともに、
「OKな否定的ストローク」(相手のよくない行動や、特性を、前向きな好ましい方向に変え
ていく手助けとなるような否定的ストローク)で接しています。

森田君は、A課長との会話の中で「I am not OK」という感情を抱き、
一方、B課長との会話の中では「I am OK」という、全く正反対の感情を抱く結果となって
います。

 

4 小さな成功をほめること

森田君が、新営業所に赴任してから三週間目のある日、彼の机の上の一本の電話が鳴りま
した。新規取引の依頼でした。小口の依頼ではありましたが、森田君にとっては、新営業
所での初受注でした。森田君は、小口であり、また照れ隠しもあって、表情にはあまり表
しませんでしたが、内心は飛び上がるような思いでした。

A課長「(無言で)うん、彼ならこれくらい当然だ。期待してるんだから」
B課長「すごいじゃないか!やっぱり、評判どおりだなあ」

A課長は、内心ホッとして、これからはもう大丈夫だと思っていますが、
期待の大きさゆえか、ストロークを与えません。
森田君は、今、どのように感じているでしょうか。
一方、B課長は、小口でも、彼の初受注を心から喜び、そしてほめています。
森田君は、今、どのように感じているでしょうか。

以上、見てきたように、A課長、B課長ともに、森田君には期待をしています。
しかし、ストロークが全く違います。その結果、森田君はA課長のもとでは業績が低迷し、
次第に無気力になっていくでしょう。反対に、B課長のもとでは、その期待に応え、さら
に業績を伸ばしていくだろうと考えられます。

「期待すること」とは
①温かい雰囲気で接すること。
②多くのストロークを与えること。
③間違っても(失敗しても)、それに対する返答の機会を与えること。
④小さな成功をほめること。