[3-3]第3の原則<傾聴すること>

部下から問題を持ち込まれたり、相談を受けたりした場合の聞き方で、
管理者が陥りやすい傾向に次のようなものがあります。
①無関心的聞き方(態度)
②部分的聞き方
③評価的聞き方(態度)~受容的(肯定的)、攻撃的(否定的)

 

無関心的聞き方

部下の働きかけに対して文字どおり、関心を示さない、
または、関心が薄い態度をとることがあります。
たとえば、何か作業をしたまま、あるいは書類に目を落としたまま、
部下の話を聴いたりするのがこれです。

このような態度(無関心)が、
相手の無気力や否定的ストロークを誘発することは、
前項の第二の原則で説明したとおりです。

 

部分的聞き方(七%の真実)

私たちは、人と話をするときに、相手の言うことをキチンと理解し、
吸収しているように思いがちですが、実はそうではないことが多いのです。
ある心理学の実験によると、人は相手の話の内容については七%程度しか記憶しておらず、
残りの九十%以上は、その人の着ていたものや、話していたときの雰囲気や、楽しそうだ
ったとか、悲しそうだったとかの印象しか残っていないそうです。

「七%という数値は、信じがたい」という方もいるでしょうが、
私は、リーダーシップ研修などを行う際に、
傾聴の重要性を理解してもらうため、冒頭で、
参加者同士の自己紹介という日常的な方法を使い、
この事実を参加者みずから体験する演習を行うことがあります。

そのプロセスをごく簡単に示すと、次のとおりです。

①グルーピング(一グループ五~六人)直後に、
一人三分間で自己紹介をしてもらうことを告げる。
(後でメモを書いてもらうことは、このときには言わない)
②内容は以下のテーマから、自分の好きな項目を三つ選ぶ。
「最近起こったうれしかった出来事」
「最近起こった悲しかった出来事」
「最近起こった腹の立つこと」
「得意なこと、自慢したいこと」
「自分の家族について」
「学生時代に熱中していたこと」
「今凝っていること」
これらのテーマは、いずれも自分にとって興味のあるものです。
③一分間の時間を与えた後、時計回りに、一人ずつ自己紹介をしてもらう。
④グループ全員の自己紹介を終えたところで、
各自が話した自己紹介の発言内容を、箇条書きではなく、
できるかぎり忠実に、メモ(一人について一枚)に再現してもらう。
⑤次に、発表とは反対回りに、すなわち、自分の前に自己紹介した人について書いたメモ
を一人ずつ読み上げる。
グループの他の人は、発表者のメモの内容に誤りや、抜けているところがあれば、
発表者にその旨を指摘し、訂正させる。
⑥最後に、各自が書いたメモを自己紹介した人に渡す。

ここで初めて、傾聴の重要性について解説するのですが、
「あなたは、どのくらい、他の参加者の自己紹介を再現できましたか」
とたずねると、ほとんどの人が、再現率が低かったと答えます。
そこで、「なぜ再現率が低かったと思いますか」とたずねると、
これまたほとんどの人が「他の参加者の自己紹介を聞いていなかった」
と答えます。
さらに「なぜ聞いていなかったんでしょうか」と続けると、
しばらくの沈黙の後、多くの人が、
「話してる内容に興味を持てなかった」
「自分の自己紹介の番になったら、何を話そうかと考えていた」
「相手の話し方のくせや表情に気をとられていた」
「話の一部を聞いて、すべてわかったような気がして、最後まで真剣に聞いていなかった」
など、要するに「一生懸命聞く気がなかった」という意味の回答をします。

そして最後に、「このような姿勢で職場や家庭でコミュニケーションをとっていたら、
職場や家庭はどうなっていくでしょうか」ということを、
具体的事例をもとに、一緒に考えてもらいます。

以上が「聞いているようでも、聞いていない」という事実をみずから体験するとともに、
傾聴の重要性を理解してもらう演習の大まかなプロセスなのですが、
大切なのは、「聞く気にならなければ、聞こえない」というのは、
まぎれもない事実であるといいうことです。※5

 

評価的聞き方(態度)と自己偏向

陥りやすいコミュニケーションの阻害要因に
評価的聞き方(態度)および自己偏向というのがあります。
評価的聞き方とは、相手の働きかけに対し、
(多くは話の全部を聞き終わらないうちに)
その内容から、急いで「いい、悪い」「賛成、反対」「ああしろ、こうしろ」の判断を下してし
まうことをいいます。
しかし、相手の相談の本当の目的は、いいか悪いかの判断を求めているのではなく、
「自分の気持ちをわかってほしい」
などの養護的態度を求めていることが現実にはたくさんあります。

したがって、評価的聞き方の危険性は、
第1章の裏面的交流の項でも述べましたが、
相手の真の刺激が何なのか、また相手のどの自我状態から自分のどの自我に向けられたも
のなのかを、正しく判断したうえで反応しないと、
多くは裏面的交叉交流となり、
コミュニケーションはすぐさま途絶えてしまうことになります。

身近な例をあげると次のような場合です。
妻「ねえ、あなた。今日父兄参観に行ったんですけど、
あの子、五年生になってからちょっと元気がないんですって」
(真の刺激=ねえ、心配事があるの。ちょっと聞いて)
夫「ん?クラスがえがあったばかりだから、猫でもかぶってるんだろう。
心配ないよ」
妻「でも、最近はたまに宿題を忘れるらしいの」
(真の刺激=お願い、ちゃんと聞いて)
夫「たまにだろ?だったらいいじゃないか。気にしすぎだよ」
妻「……そうかしら」
(だめだわ、この人に話しても)

もう一つ、陥りやすいコミュニケーションの阻害要因に、
自己偏向というのがあります。
これは、自分の経験や考え方、行動様式を基準にして、
物事を評価してしまう傾向をいいます。

前の例でいうならば次のようになります。
妻「ねえ、あなた。今日父兄参観に行ったんですけど、
あの子、五年生になってからちょっと元気がないんですって」
(真の刺激=ねえ、心配事があるの。ちょっと聞いて)
夫「ん?クラスがえがあったばかりだから、猫でもかぶってるんだろう。
心配ないよ。俺も子どもの頃はそうだったし」
妻「でも、最近はたまに宿題を忘れるらしいの」
(真の刺激=あなたのことを聞いているんじゃなくて、
私は、あの子のことを相談しているのよ)
夫「たまにだろ?だったらいいじゃないか。気にしすぎだよ。
俺なんか、しょっちゅう宿題忘れたけど、こうやって立派にやっているじゃないか」
妻「……そうかしら」
(だめだわ、この人に話しても。ホントにご立派だわ)

このように、評価的聞き方、自己偏向は相手がコミュニケーションをとろうとする意欲さ
えも失わせる結果となります。
このような態度が続いた場合、職場や家庭はどうなるでしょうか。

以上見てきたことによって、
傾聴の必要性・重要性を充分にご理解いただけたことと思います。

 

傾聴するとはどういうことか

では、傾聴するとはどういうことなのでしょうか。
また、どのようにしたらいいのでしょうか。

まず第一に、「話す環境を作る」ことが大切です。
それは、相手の語調・呼吸・姿勢・表情などに自分を合わせることです。
このことによって、
相手には「ああ、聞いてもらえる」という安心感が生まれます。
そして、「徹底的に聞く」ことです。

カウンセリングの世界では、
「徹底的に聞く過程」を、次のような言葉を使って説明しています。
①受容=「うん、うん、なるほど」。
②繰り返し=相手の言った内容を言って返す。
③明確化=「こういうことが言いたいんですね」と、
相手がうまく言えないことをまとめてあげる。
④支持=「そうですね」と賛意を示す。

このように見てみると、
傾聴するということがいかに大変でむずかしいかがわかります。
それだけに得られる信頼も大きいといえるでしょう。

 

行動変容を促す傾聴の仕方とは

しかし、現実の職場や家庭では、傾聴するだけでは問題が解決しないことが多々あります。
すなわち、相手の行動変容を促す必要に迫られた場合です。
そのようなとき、行動変容を促す傾聴の仕方はあるのでしょうか。

心理療法家のW・オハンロンは次のような傾聴の仕方を提案しています。※6

 

①過剰な一般化を部分化する
部下「私は、いつもうまくいかないんです」
課長「うまくいかないことが多いんだね」

 

②「事実」だとする思い込みを「認識」に変える
部下「あのクライアントとの取引額を増やすのは無理です」
課長「あのクライアントとの取引額を増やすのは無理だと、君には思えるんだね」

 

③「現在の出来事」を「過去の出来事」に変える
部下「主任はぼくのことを怒ってばかりいます」
課長「君は主任によく怒られていたんだね」

 

④「現在の出来事」を〝まだ〟とか〝今までのところ〟など、
「変化への可能性」のある言葉に変える
部下「この売上目標は高すぎて、達成できません」
課長「この売上目標を達成する方法が、今のところ見つからないんだね」

 

⑤「問題」を「目標」に変える
部下「主任はぼくのことを怒ってばかりいます」
課長「君は主任に怒られないで、自分を認めてもらえるようになりたいんだね」

 

⑥「目標達成への期待」が持てるような表現をする
部下「どうしても主任とはうまくやっていくことはできません」
課長「主任とうまくやっていくことができたら、君の気持ちや職場の雰囲気はどのように
変わるだろうか?」

 

私たちは、日々、本当に多くの問題に直面します。
言い換えれば、問題を解決することが、
職場や家庭における自分の役目ともいえるかもしれません。
しかしながら、多くの問題は本人の行動変容がなければ真の解決にはなりません。
そのためには、「I am not OK」という感情を「I am OK」に切り替えさせ、
AおよびFCの自我を刺激し、論理性と積極性を引き出してあげる必要があります。

すなわち、
①徹底的に聞く過程で、高いNPで接し、相手を受け入れつつ、
「変化への可能性」を気づかせる。
②目標設定の過程で、高いNPとAで接し、「I am OK」の構えに立たせる。
③そのうえで、本人がみずから解決策を作るよう、高いNPとAを与え続ける。
といったプロセスをたどることが必要なのです。

「傾聴すること」とは
(徹底的に聞く過程で)
①過剰な一般化を部分化すること。
②「事実」だとする思い込みを「認識」に変えること。
③「現在の出来事」を「過去の出来事」「変化への可能性」に変えること。

(目標設定の過程で)
④「問題」を「目標」に変えること。
⑤「目標達成への期待とイメージ」を与えてあげること。

(解決策を作る過程で)
⑥それを実現するために、自分は何をしたらいいのか、
一緒に見つけ出してあげること。