[3-4]第4の原則<正しく評価すること>

足を引っ張る心のメカニズム

信頼を得るための第四の原則は、
事実にしたがって、「正しい評価をする」ということです。
事実を事実として、真実を真実として見る目を養うということです。

なあんだ、そんなことかと思われるかもしれませんが、
現実には、非常に困難なことなのです。
なぜならば、私たちが正しく評価しようとしても、
それに対し、いろいろな「足を引っ張る心のメカニズム」が働くからです。
そのメカニズムの存在を認めたうえで、
それを打破しようと努力することで、

初めて、正しい評価ができるということを
しっかりと認識しておく必要があります。

その代表的なものに、偏見があります。

 

偏見とは

ある集団の構成員が共通して持っていると思われる性質・特徴のことを、
ステレオタイプ(先入観)といいます。
たとえば、「大阪の人は、お金にこまかい、商売上手」とか、
「銀行マンは、みな、カタブツである」などです。
もちろん、その根拠はあいまいで、ハッキリした理由はなく、
「ただ何となく」とか「まわりにそういう人が(二、三人)いた」という程度であることが多い
ようです。
そのため、論理的に説明されれば、その過ちを理解できるのですが、
偏見は、より固定化された、歪んだものの見方をするとともに、
本人が強く思い込んでいるところに、その危険性があります。

 

何が偏見を生むのか

私たちは、日頃の経験などを通じて知識や情報を得ています。
この知識や情報は、蓄積されて、構造化された一つのまとまりとなります。
このまとまりを社会心理学の分野ではスキーマと呼んでいます。※7

たとえば、「ロックギタリスト」という言葉からは、
どのような姿を想像するでしょうか。
おそらく、四〇代以上の方々は、
●長髪、痩せ型
●なかなか売れない
●六畳一間の木造アパートに住む
●ヒットしても長続きしない
●生活は苦しい

などをイメージするでしょう。
また人によっては、
●華やか
●夢がある
というようなイメージを持つこともあるでしょう。
このように、構造化された知識や情報のまとまりをスキーマといいます。

このスキーマは、入ってくる情報をすばやく効率的に処理するという点では役に立ちます。

たとえば、
「お父さん、ぼく高校出たら、ロックギタリストになりたいんだ」
という息子の言葉に対して、スキーマを使って、すばやく考えます。
(ロックギタリスト?生活は苦しいし、安定性もないし、こりゃだめだ)
と処理します。そして、
「だめだめ!何考えているんだ。ちゃんと勉強して、大学に行きなさい」
と答えます。
このように、すばやく情報処理を行うことができるのですが、
反面、経験や知識の少なさから、
スキーマが事実と異なっていることも多いのです。
このようにスキーマと事実とのギャップが、偏見(歪んだものの見方)となって表れるの
です。

しかも困ったことに、スキーマはいったん形成されると、
それに適合する情報は受け入れやすいのですが、
それに適合しない情報は受け入れにくいという性質を持っています。

たとえば、先の父親の例でみると、
ロックギタリストがカップラーメンをすすりながら、
デビューを夢見て頑張っているTVドキュメンタリーなどは記憶に鮮明に残りますが、
豪華マンションに住んで、高級車を乗り回している別の映像は、
なかなか記憶に残りません。
そのため、一度作られた偏見は、経験とともに、
さらに強化されていく危険性を持っているといえるのです。

 

誰もが偏見を持っている

ところで、この偏見は一部の人だけに生じるのでしょうか。
答えは、NOです。

多くの人が知っている有名な現象にハロー効果というのがあります。
これは、一つの良い面(悪い面)を持っていると、
ほかの面でも良い面(悪い面)を持っていると判断してしまう傾向現象です。

アメリカの心理学者ダイオンは、美人とそうでない女性の写真を用意して、
多くの人に見せて実験を行いました。
その結果、美人は性格もよく、社会的にも、家庭的にもうまくいくと見られるのに対し、
美人でない女性は、性格、社会的、家庭的など、
ほとんどすべての点で、美人に劣ると見られるとの調査結果が出ました。
私などには、不愉快きわまりない調査結果なのですが、
よく考えてみると、私も、
散歩の途中で、豪邸を目の前にして「どんな人が住んでいるんだろう」
とぼんやり見ていたら、ランニングにステテコ姿の、
何の変哲もない、どこにでもいそうなオジさんが出てきてびっくりしたことや、
TVのサスペンスドラマの最後で、犯人がわかり、
「え!あんなきれいな人が……」ということがあることを考えると、
この調査結果の是非はともかくとして、うなずけるものがあります。

いずれにしても、偏見は、一部の限られた人にだけ生じるのではなく、
誰にでも起きる現象だといえるでしょう。

 

偏見を克服するにはどうするのか

このように、偏見は、誰にでも生じる自然な現象なのです。

しかし、だからといって、許されるものではありません。
特に人に対する偏見は、職場や家庭においては大変大きな問題です。
たとえば、「女性は感情的で、論理的に物事を判断することができない」
という偏見を持っている上司がいるとしましょう。
彼は職場の女性に、決して分析的な仕事を与えることはしないでしょう。
そして「男性の補助的業務を行う」という役割期待を彼女にむけます。
そのため、彼女はその役割期待に則した行動をとるようになるでしょう。
このような状況では、部下からの信頼を得られないことは当然として、
生き生きした職場を作ることもできません。

では、一体どのようにしたら偏見を克服することができるのでしょうか
まず第一に、みずからが偏見のとりこであるということを認識することです。
特に、CPの高い人は、28ページの図表2「自我状態の外部的特徴」で示したように、
偏見にとりつかれやすいタイプですので、充分な認識と自覚が必要です。
そのうえで、判断すべき事柄に関する情報(知識)と同時に、
反対情報を注意深く収集することです。
なぜなら、先に述べたように、経験と知識の少なさがスキーマと事実とのギャップを生じ
させ、偏見となって現れるからです。

ところで、医療専門家で組織された「医療事故調査会」という団体があります。
同調査会は、医療事故と思われる事例に対し、客観的な調査・評価を行い、鑑定意見書を
作成するとともに、問題点を解析し、今後の医療の改善のための具体的な提言を行ってい
る団体です。

そこでの報告事例に次のようなケースがあります。
当時五〇歳の女性小学校教師が、頭痛・全身倦怠感を訴えて、かかりつけの医院の診察を
受けました。
医師は感冒と診断し、風邪薬を与えています。
しかし、翌日には三八・五度の発熱があり、さらに数日後には、嘔吐がみられました。
(この間、患者本人が診察を受けたのではなく、患者の夫が妻の症状を訴えて、薬を受け取
っていたとのことです)
ところが、初診から約一週間後、患者の様子が急変し、
かかりつけの医師からの紹介状により、大病院に転院しました。
そこでヘルペス脳炎と診断され、治療が付されましたが、
回復することなく、その後死亡しています。
(なお、このケースでは、ヘルペス脳炎としての診断と治療の遅れに対し、一億二〇〇〇万
円の損害賠償請求が行われています)

このケースから、同調査会では、同じ過ちを繰り返さないためには、
①患者は(風邪ぐらいで)「診察を受けるのが面倒だ」という態度を改めるとともに、
②医師は日常診なれた疾患と考えられても、常に最悪の事態を頭の片隅に思い浮かべなが
ら対応する必要がある
ことを提言しています。

これは、まさに、偏見が死を招いた事例といえます。
すなわち、患者・医師双方とも、頭痛・全身倦怠感・発熱・嘔吐などが、
風邪によるものとの強烈な思い込み、偏見により、取り返しのつかない結果を招いてしま
ったといわざるをえないでしょう。
また、私はこのケースで大きな疑問を持っています。
それは、初診は患者本人が診察を受けていますが、それ以降は、(患者本人が診察を受けた
のではなく)患者の夫が症状を訴えて、その症状に合った薬を医師から受け取っていたとい
う事実から、はたして、夫は、医師に「事実」のみを伝えていたのだろうかという疑問です。
言い換えれば、夫が医師に症状を伝える(情報を与える)過程で、夫の「推量」が含まれては
いなかったかということです。
たとえば、「嘔吐があるが(事実)、それほど苦しそうには見えない(推量)」といったような
ふうにです。
公表されている事例概要には、その部分はふれられていませんので、詳細はわかりません。
しかし、私たちが日常、情報を得る過程には、事実以外に情報提供者の推量が多く含まれ
ています。
(たとえば、「課長、彼は、遅刻が多すぎます(事実)。やる気がないんですよ(推量)」といっ
たふうにです)
しかも、その推量は、偏見によるものである可能性も高いのです。
したがって、正しく評価するためには、情報から事実のみを取り出し、それをもとに判断
していくことが大切なのです。
正しく評価をすることとは
①偏見は誰にでも起きる自然な現象であり、そしてみずからも偏見のとりこである
と認識すること。
②判断すべき事柄について、多くの情報と同時に、反対情報を収集すること。
(事実に対する無知が偏見を生む)
③情報は、事実と推量を整理して、事実のみを取り上げること。